施設職員を対象に、ハードとソフトの両面から認知症ケア研修を開催
10月21日(土)、O―ネットでは日本社会福祉弘済会の助成を受け、職員研修「認知症の人々が安心して暮らすために」を開きました。特養をはじめとする介護施設では、重い認知症の高齢者の入居が増えています。一方、職員は不足気味で余裕のないなかでの介護が続いています。この研修では、「施設の環境支援」と「パーソン・センタード・ケア」という、ハードとソフトの両面から認知症ケアについて考えていくことを目的に、PEAP(施設の環境支援の指針)・キャプション評価・ケアマッピングの視点を学びました。また、ロングステージKOBE岡本の井上麻衣子寮母長が「環境支援の取り組み」を、ライフサポート協会なごみの福留千佳総合施設長が「ケアマッピングから見えてきたこと」を発表。具体的な取り組みを通して実践に役立つヒントを提供しました。受講者は49名。台風前の雨の激しい一日でしたが、学びを深めました。
施設環境の課題を共有し、改善につなげる視点を養おう
足立 啓 和歌山大学名誉教授
「環境適応能力」と「施設の生活環境」には密接な関係があります。長くて広い廊下、変化なく続く扉と居室など、施設の住空間は、利用者がこれまで生活してきた家庭環境とは大きく異なります。そのため、判断力や空間・時間の認識力などが低下している認知症高齢者にとって、混乱や不安、居心地の悪さにつながっていることは少なくありません。
しかし、環境が及ぼす負荷を少しでも減らし、分かりやすい表示、プライバシーや居場所の確保、生活・介護単位の小規模化など、生活環境の見直しや工夫によって、利用者の活性化やBPSD(認知症に伴う行動・心理症状/周辺症状)の緩和につなげていくことも可能です。
そうしたなか、提唱しているのが「PEAP日本版」。8つの大項目【下表参照】などによって構成される環境支援の指針です。そして、環境の見直しを行う上で一助となるのが、キャプション評価法です。
この評価法は、気になる場所をカメラで撮影してカードを作成し、職員・利用者・家族らと意見交換し課題を共有することによって、見直しや改善を進めていこうというものです。カードには、「だれにとって、どんなことが気になるのか」「どんな工夫ができるのか」「PEAPの8項目のどれに該当するのか」などを書き込みます。言葉で伝えるのは難しくても、写真を見ながらお互いの考えを伝えあえるので、改善に向けて一歩を踏み出しやすくなるのが大きな利点です。
ともあれ、ケアを行う上で環境の役割を理解することは重要です。環境支援には単にハードの課題だけでなく、利用者の能力・施設の姿勢や方針・ケア哲学など、幅広い要素が含まれています。ソフト面も考え併せながら一体的に取り組むことが望まれます。
PEAP(Professional Environmental Assessment Protocol)の8つの柱
Ⅰ:見当識への支援
Ⅱ:機能的な能力への支援
Ⅲ:環境における刺激の質と調整
Ⅳ:安全と安心への支援
Ⅴ:生活の継続性への支援
Ⅵ:自己選択への支援
Ⅶ:プライバシーの確保
Ⅷ:入居者とのふれあいの促進
利用者の心理的ニーズを汲み取り、パーソンフッドを高めよう
水野 裕 いまいせ心療センター副院長、認知症介護研究・研修大府センター客員研究員
パーソン・センタード・ケアとは、1990年代に英国の故トム・キットウッド博士によって提唱された認知症ケアの考え方です。「認知症の進行」と「精神的安定」は必ずしも連動するものではなく、5つの心理的ニーズを満たして「パーソンフッド」を高めることが大切だというのが彼の主張です。
パーソンフッドとは、人として尊重されること。5つの心理的ニーズとは「自分らしさ」「愛着・結びつき」「たずさわること」「共にあること」「くつろぎ(やすらぎ)」。認知症の人の精神的安定は心理的ニーズへの対応力(ケアの質)によって変わりうることを、何千時間にも及ぶ詳細な観察からつきとめました。
例えば、利用者がリモコンを分解したりするのは「たずさわること」へのニーズがあり、「自分は何かできる」という意思表示かもしれません。でもそれを介護者が分からないと「危険な行動」と制止してしまいます。また、頻繁に唸り声をあげている利用者の場合、便秘による身体の不調で「くつろぎ(やすらぎ)」のニーズが脅かされているのかもしれません。でもそれが把握できていないと「精神科受診」という提案になってしまう恐れもあります。
自らのニーズを伝えられない人には、こちらがニーズを汲み取っていかねばならない。例えば「みんなホールでゲームをしているのに、Aさんだけは事務所のドアを開けようとして落ち着かない」状態の場合、その場面だけ見て考えても分からない。何かがきっかけとなって今の状態が起きているはずなので「その前に何が起きたか」を考え確認しようとすることが大切です。
そうしたなか利用者のニーズを探り、よりよいケアに活かしていくために開発されたツールが、認知症ケアマッピング(DCM)法です。6時間以上観察し5分ごとに利用者の行動・表情を行動カテゴリーに分類して表に記録。どのようなケアを受け、よい状態だったか否かが概観できるため、利用者の“不可解な〟行動にも何らかの理由のあることが分かってくるでしょう。
満たせないニーズを介護者がわかろうと努めサポートすることで「今までどおり生活している」と認知症の人に実感してもらう―。めざすべき認知症ケアはここにあります。