O―ネットでは、9月6日(土)、大阪市中央区のドーンセンターで職員研修「利用者・職員にやさしいトランスファー(移乗・移動)を考える」を開きました。この研修は日本社会福祉弘済会の助成を受けて開催したもの。施設とO―ネットの関係者でつくる職員研修実行委員会が企画・運営にあたりました。介護職員を中心に、特養や有料老人ホームで働く50名が参加。真剣に講義と実技に臨みました。
現場から声を挙げ、より良い介護・労働環境を
ベッドから車椅子への移乗、車椅子から椅子・トイレへの移動など、高齢者施設において移乗・移動介助は、頻度も多く、とても重要な介助の一つです。
自分で自由に動くことができない利用者にとって、気軽に対応してもらえると、行動範囲が広がり、自分らしく快適な生活を送ることができます。反対に、介助のしかたが悪いと、利用者に不安・苦痛与えるだけでなく、介護職員にとっても腰などを痛めてしまう原因になりかねません。
移乗・移動介助は、介護職員が利用者を抱えたりする「人力による介助」がこれまで大半を占めていました。しかし厚労省では昨年「職場における腰痛予防対策指針」を改訂。北欧のように福祉機器を使いこなす工夫が求められつつあります。研修ではこうした動きを踏まえ、福祉機器の販売・レンタルを行っている近鉄スマイルサプライの協力を得て開催しました。
最初に劇団O―ネットが劇を通して施設のトランスファーについて問題を提起。続いての「ボディメカニズムと移乗・移動介助」では三輪五月さんと森下弘幸さんが講義を行いました。
看護師・主任介護支援専門員でもある三輪さんは人間の身体のメカニズムに触れながら、円背や片麻痺のある人の移乗・移動介助について説明。
「介護者が腰を痛めたりするのは全介助になっているから。足首は動くか、太ももに力は入るか、麻痺のない側の手足で体を支えられるかなど、利用者の身体機能を細かく観察し、持っている力を見極めることがまず大切。基本は利用者の現有能力を活かすこと、
すなわち自立支援です。それによって介助も軽減される。どうしたら“動かせるか„を常に現場の職員たちで考えていくことが大切です」
体のメカニズムを考えた場合、座位からの立ち上がり動作で、「足を引く」「上半身を少し前に倒す」は大切な基本姿勢。それを知らないで、車椅子のふくらはぎのベルトが邪魔になって足が引けなかったり、介護者が前から覆いかぶさって上半身を前に倒すことを妨害してしまったりしていることもよくあります。
「座る・立つ・歩く」の原理原則をつかみ、「利用者の膝がぐらつかないように抑える」「骨盤を少し前に傾け、足に体重をかけてもらえるようにイチ・ニ・サンと声をかけながら立ち上がりのウォームアップを図る」なども工夫の一つだとアドバイスしました。
近鉄スマイル福祉用具研究所所長の森下弘幸さんは、介護現場における考え方の転換・進化の必要性を強調しました。「日本ではリフトなどの機器を使うと“心のこもらない介助„というイメージが強い。しかし、まずは利用者の身体機能に応じて“どのような介助方法が適切なのか„をしっかりアセスメントすることが大切です。人力による介助が必ずしも安全性・快適性において優れているわけではありません。無理な持ち上げ・引っ張りによる表皮剥離や褥瘡の発生、身体の密着や接触による痛みや不快感など、人力による介助の弊害もないとは言えません」
ベッドから車椅子への移乗ができなくなると「おむつになる」「ほとんど1日中ベッドで過ごす」など、多くのことが連鎖的にできなくなり、生活の質が下がってしまう利用者も少なくありません。
「欧米では利用者の身体状況に応じて機器・用具の適用が定められていますが、日本では“頑張りましょう„で済まされてきた。例えばアームサポートの取り外しがきく車椅子があれば、スライディングボードを使って移乗・移動も簡単にできる。よりよい介助のために、介護現場の皆さん自らがもっと声を上げていくことも必要です」
午後は、4グループに分かれ、移乗・移動に役立つ福祉機器・用具に実際に触れて使用法を学習。スライディングボードやスライディングシートの使い方、走行式リフトやスタンディングマシンの操作法を学びました。
受講者からは「人力での根性介助を見直そうとしているところだったので内容がマッチしていた」「体験したことのない介助法を発見することができた」などの声が寄せられました。一方、走行式リフトやスタンディングリフトの操作・体験には「時間が足りなかった」「時間配分や台数に工夫が必要」との声も。機器への関心の高さを知るとともに、研修で今後工夫すべき点も明らかになりました。
なお研修には、テーマに関心のあるオンブズマン10名も聴講しました。
腰痛発生は、単独の移乗介助時に多い
2011年の厚労省の調査では、4日以上の休業が必要な腰痛発生件数は全産業で4822件。そのうち業種別では社会福祉施設が19%を占め、この10年間で件数は2.7倍に増加しています。
また、04年に社会福祉施設で発生した407件の分析結果を見ると、単独介助が8割、移乗時が7割を占めました。
移乗介助による腰痛発生224件について調べたところ、介護シーン別では入浴時に1人で移乗介助にあたったときが36件と、最も多数を占めていました。また、移乗時の移乗元・移乗先については、最多が「介護者1人でベッドから車椅子へと介助したとき」で46件に上っています。
(厚労省2013年6月「職場における腰痛予防対策指針の改訂及びその普及に関する検討会報告書」より)